娘、ゲームをやめた

小学3年の娘話のです。

娘は幼稚園の頃近視が発覚し、今は眼鏡をかけています。
先日、1年振りの学校の視力検査でさらに視力が下がってしまってました。
眼科で詳しく検査したところ、両目とも視力が落ちていて眼鏡の度を強めないといけないことになりました。

一方、大変恥ずかしい話ですが、夏休み明けからの娘の生活態度が悪くなり、いくら注意しても確認しても、毎日何かしら忘れ物をするようになりました。宿題すら手を付けるのを面倒くさがり、どうにかこうにかやらせてもやる気の無い汚い字、またせっかくやったのに提出を忘れる、学校へはギリギリの登校、ということが多くなり、どうしていいやら困り果ててました。

一見、関係のない二つの事柄。
でも、娘に、「この二つの状況について、何か思い当たることはある?」と質問したら、バツが悪そうに「ゲームのやりすぎ…」と答えました。

そうなんです。休校中からゲーム(ニンテンドーのやつ)にはまり、注意したり叱りつけたり強制的に電源を消すと罵詈雑言を口にしながら「じゃあもう宿題やらないわ!」とヤケになって投げ出すくらい依存してしまい、親としては非常に困った状態になってたんです。

ところが、目が悪くなった事実を(視力検査の)数字で突きつけられ、私に心当たりを改めて聞かれてハッとしたようです。

「そっか、ゲームね。。そうしたら、明日からどうしたらいいかな?どうしようか?」とさらに聞いてみる。。 
(いやこれ、何度もしてきたよな?何度目?本当に今度は分かってるのかな?…)と私自身は怒りや呆れを抑えながら平静を装って。

すると、「本当に目が悪くなってるなんて思わなかった。もうゲームは当分やらない。ゲームやる代わりに折り紙とボードゲームやる。朝ももう少し早めに学校に行く。」

そして、それから7日経ちますが、自分で決めたことを今のところ守れています。宿題もきちんとするようになり、学校へも早く出かけるようになりました。実に、驚くほどあっさりと。本当に。
あ、ボードゲームはまだゆっくりできてないか。やろうやろう。

結局、周りがいくら注意したり直そうとしても、本人に自覚がないと直らないし、その自覚を持たせるには本人に分かりやすい客観的な形(数字だったり、語学の勉強だと自分の発音を録音したものだったり。)で見せるのが一番効果的なのかなと思います。


娘の場合、親からの注意は親の視点であり娘の視点になってなかったのだと思います。正確には、娘と同じ視点でいたはずなのに、見守る、自ら動くことを促すということができず、親目線だけで注意や叱りつけをしていたのでした。よく考えると、これでは反発を招くだけですね。もっとじっくり話を聞いたり落ち着いt対処するべきだったと思います。
ところが、客観的な数字を見て初めて自分の「問題」であると捉えることができたようです。さらに、「それをどうにかしないと」という焦りが湧き上がった時に私から「どうしようか?」と、自ら目標を決めるチャンスを与えられたものだから、すんなりそこへ向かって進もうという気持ちになれたようです。
私が「だから言ったでしょ!ゲーム禁止!」と言わずに大正解でした…!

ゲームに関して娘にしてきた質問「やりすぎないには、じゃあどうしようか?」も、適所に使ってこそ効果が発揮できたということです。
ついすぐに口にしてしまうけれど、いつでもとりあえず「どうしようか?」ではいけない。相手がきちんと目標を定めてそれを見据えている、覚悟のある状態が一番効果があるのだなと実感しました。
単純な言葉のようで、使いどころが難しい。。

ゲームに依存気味(いや、充分依存していた?汗)だった娘、突然切り替えられたようで、それ以降は宿題も嘘みたいに穏やかな気持ちでできています。

目に見えて分かるエビデンスと適切な声掛けの効果を目の当たりにした次第です。なかなかビシッとハマることは難しいとは思いますが、でも、英語コーチングにも大いに活かせるかなと思います。

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